ダイコンの花

ひとりの老婦人が

カゴのついていない

小さな荷台に

買い物した荷物を置いて

とぼとぼと歩いていた

 

丸まった背中が

荷台の取っ手に

のしかかっていた

 

電信柱をのけるように

傾いた道を

傾いたままよろけたが

荷台の取っ手が

老婦人を救ってくれた

 

「ゴロン」と

道端に荷物の一部が

転がって落ちた

 

ビニール袋に入った大根が

重心を保つように犠牲になった

 

気づかぬまま

何もなかったかのように

そのまま老婦人は荷台を押して

ゆらゆらと歩き始めた

 

横を通り過ぎようとしていた

女性が停車ランプを点滅させて

車から降りてきた

 

老婦人に歩み寄って

転がった大根を

大事そうに荷台に戻した

 

老婦人は

大根を落としたことにも

気づいていなかったようだ

 

少し話して

ありがとうの対話が終わると

女性は車に戻って走り去った

 

たった一本の大根

だけど

それがふたりの

あたたかい会話を生み出した

 

それは

優しい心

思いやりの気持ちから

はじまった物語

 

家に戻った老婦人は

台所でその大根を切るとき

もう出来事や会話を

覚えていないかもしれない

 

それでもいい

 

大根が

やさしい気持ちを

思い出すように

胃袋の中で

暖めてくれるだろう