本当の笑顔 (創作童話 3 )

モモコちゃんは、とても笑顔が素敵な女の子です。いつもにこにこ笑っています。

 

ところがある日、学校でお友達とけんかをしてしまいました。

 

植物園で行われる秋の写生大会は、小学四年生のみんなにとって、一大イベントでした。

その写生大会での出来事でした。

いたずら好きのトモ君が、モモコちゃんの書いたコスモス畑の絵に、赤いろ絵の具で一匹のトンボを落書きしたのです。

にこにこ顔が、急にモミジのように紅くなって、

「せっかく綺麗なピンク色で書いていたのに、どうしてそんなことするの。ひどいじゃない。」と、トモ君にくってかかりました。

攻め寄られたトモ君は、おそるおそる、

「トンボがいた方が、楽しいじゃない」と答えました。

「よくもそんなことが言えたもんだわ。ぶっ飛ばすよ。バーカ」と言い返しました。

『でも、そう言われてみると、そうかもしれないわ』と思うと、

モモコちゃんの表情は、やんわと、にこにこ顔に戻っていきました。

それはまるで、真っ紅なモミジが急に黄色に変わって、ほっぺたから地面へと、ひらひら落葉していくのを見ているようでした。

「一匹はかわいそう。もう一匹書いてあげますからね」そう言って、赤い落書きトンボの横に、もう一匹トンボを増やしてみました。

モモコちゃんのにこにこ顔が、もっともっとの、にこにこ顔になりました。

 

おうちに帰って、落書きトンボの話をお母さんに話してみました。お母さんも、にこにこしながら言いました。

「モモちゃんはね、笑顔が一番よ。にこにこ顔は世界一よ。落書きトンボは、もっといっぱいいたら、ずっと楽しいかもしれないね。モモちゃんの笑顔は、世界一よ。」

 

笑顔が素敵と、お母さんに何度も何度も言われたものですから、モモコちゃんは、朝起きて「おはよう」と言うときも、鏡の前で歯をみがくときも、いつもいつでも、にこにこ顔をするようになりました。

 

学芸会の時期が近づいてきました。モモコちゃんのクラスでは、旅するサーカス一団のお話を劇ですることになりました。男の子には、猛獣を自由に操るライオン使いの役が人気でした。女の子には、劇のラストシーンで、観客のみんなに花びらをふるまう美女の役が人気でした。モモコちゃんも美女の役に自分を重ね合わせて、ふんわりにこにこな顔になっていました。

 

一つだけ人気のない役がありました。劇の最初から最後まで、おどけてみせるピエロの役です。本当は、どんな緊張した場面でも、にこにこして観客を和ませる大切な役です。サーカス団の人気を支える縁の下の力持ちです。

落書きトンボのトモ君が言いました。

「ピエロは、モモコちゃんがいいと思います」

「賛成!」「ふっふっふ、賛成!」「賛成、賛成!」クラスのみんなは口をそろえて、そういいました。

そして、モモコちゃんは、ピエロ役に選ばれました。

 

モモコちゃんの顔から、いつの間にか「にこにこ」が消えていました。真っ紅なモミジになる元気もありません。

頭の中にいた、お花を持って綺麗なドレスとヒール姿の美女が、どこか遠いところへ走って行ってしまいました。

そして、空っぽの頭のお部屋に、だらしない道化顔のピエロが入ってきました。

 

その日から、モモコちゃんは、ピエロを頭の中から追い出して、ヒール姿の美女を呼び戻す事ばかりを考えるようになりました。

 

「おはよう」にも、歯磨きの時に映る鏡の中にも、にこにこ顔はありません。

 

モモコちゃんからにこにこ顔が消えてしまって、お父さんもお母さんもとっても心配しました。

「どうしたものかなあ」そういったきり、ため息ばかりのお父さんとお母さんでした。

 

それを見かねたモモコちゃんのお兄ちゃんのユウタ君が、

「一度、本物のサーカスを見に行くっていうのはどうかな」と言いました。

お父さんもお母さんも、うなずくほかありませんでした。

 

そして本当に、本物のサーカスを見に行くことになりました。

みんなが、ライオンやバイクのエンジン音に驚いている中、モモコちゃんは、ずっとピエロだけを見ていました。わくわくどきどきの場面が繰り返される中で、ピエロがおどけると、場内の雰囲気がスーっとおさまったり、陽気な仕草で跳ね回ると、観客のみんなは大爆笑。

 

いつの間にか、モモコちゃんは、それを楽しんでいました。

少しにこにこ顔です。

 

サーカス見物の帰りに、大好物のハンバーグをぺろりと食べて、もう少しにこにこ顔。

「モモちゃん、何が一番よかった?」とお父さんがたずねると、モモコちゃんは、少し考え込んで、首をかしげました。

そして、

「やっぱりピエロかな。」と答えました。

「そうだよね」「うん、うん、そうだ」「確かにそうだ」と、みんなモモコちゃんに賛成しました。

 

「ピエロさんを追い出さなくてよかった。」そうひとりごとを言ったかと思うと、急ににこにこ顔でデザートのアイスクリームにかぶりつきました。お口の周りは真っ白。「あら、あら」と、お母さんがハンカチで拭き取ってくれました。

するとどうでしょう、すっかり、もとのにこにこ顔に戻っていました。

 

学芸会の日、モモコちゃんは笑顔いっぱいで、ピエロを演じました。

「にこにこ笑顔のピエロさーん」

観客席からそんな声が聞こえてきました。ちょっとタイミングの悪い相づちのせいで、会場は大爆笑の黄色い声で包まれました。

 

拍手、拍手で、幕が閉じようとしています。

モモコちゃんのにこにこ顔は、今までで一番のにこにこ顔です。

 

「モモちゃんのにこにこ笑顔は、世界一よ」そう言ってくれたときのお母さんの笑顔を、モモコちゃんは観客に手を振りながら、思い出していました。