浮桟橋の幻影

ほとんど波立のない

湖面に浮かぶ桟橋に

ひとつの影が伸びる

釣り人もいない黄昏

浮桟橋のきしむ音が

小魚たちを集わせる

人影が桟橋の先端で

心許なく立ち止まる

生ぬるい風に吹かれ

人影は透明な仕草に

変容していくようで

不自然な軽爽快さを

足の先に受け止める

人影は居場所を忘れ

空から宇宙が近づく

名も知らぬ鳥が飛び

宇宙を出迎えるとき

人影が空へと離陸し

艶かしい肉体は消え

浮雲ごと吸い取られ

夢見心地の天空まで

旅立って星に変わる

気が付けば浮桟橋の

立ち見席を占拠して

人影は静かに動いた

どこそこへと動いた

潮風に背を押されて

浮桟橋を離れる決心

そう遠くもない所へ

一歩ずつきしむ音が

遠ざかって何事さえ

なかった様に消えた