石ころゴン太 (創作童話 5 )

いつものように、子供たちが空き地で鬼ごっこをしています。

小学3年生のしゅんた君は、鬼に追いかけられて、あわや捕まりそうになったとき、空き地に転がっていた石につまずいて、転んでしまいました。膝小僧をすりむいて痛い上に、鬼に捕まってしまったのです。

 

「ちくしょう。なんだよう。こんなところに石なんか無ければ、捕まらなかったのに」

しゅんた君はそう言って、大きな石ころをにらみつけました。

 

夕暮れ、子供たちが家へ帰って行った後、空き地は静まりかえって、風にゆれる雑草の間からコオロギの鳴き声だけが聞こえています。

 

石ころのゴン太は、緑のこけでおおわれた大きな石です。表面はでこぼこしていて、巨大なジャガイモみたいな形をしています。もし、しゅんた君が、両手で力一杯持ち上げても、わずかに持ちあがる程度の重さです。

 

「あの少年。にらみつけるなんて。僕も、痛かったんだけどねえ。にらみ返してやったけど。やれやれ、気付くはずもないか」と独り言を言いながら、薄暗くなった景色をぼんやりながめていました。

 

まわりには、白、薄緑、赤、やまぶき色のきれいな石や、まん丸な形、均整の取れたひし形、几帳面に角の取れた四角い形など、いろいろな美しい形をした石がころがっていました。

 

「みんな、つまずいて、にらみつけられることなんか無いんだろうなあ」と、独り言が続きます。

「なのに、僕は、どうして、こんな、だろう」

嘆いているうちに、辺りはすっかり暗くなって、いつものように、眠りにつくのでした。

 

ある日、ゴン太の近くにいた、白くてつるつるしたきれいな石が拾われて行きました。

拾ったのは、しゅんた君と同じクラスの女の子、れいちゃんでした。れいちゃんはきれいな色の石を集めるのが好きでした。

「きれいな白い色。お部屋に飾ってあげますね」

そう言って、れいちゃんは家へ帰っていきました。

 

またある時、几帳面に角の取れた四角い形の石が、拾われていきました。拾ったのは、しゅんた君の隣のクラスの男の子、じん君でした。

じん君は、きれいな形の石を集めるのが好きでした。

「見事な形だ。真四角だ。めずらしいぞ。机の上に飾って、ながめよう」

そう言って、じん君は家へ帰っていきました。

 

緑のこけでおおわれて、ずんぐり大きな石ころのゴン太には、関係のない話に思えました。でも、「どんなおうちに行くのかな」とか、「机の上でながめてもらえるなんて、気分がいいだろうなあ」などと、想像していました。

 

数日後のこと。

石ころゴン太の前を通りかかった少年が、急に振り返って、ゴン太を動かし始めました。

ゴン太は、少しうれしくなって

「僕なんか持って帰っても、何の役にも立たないよ」と、

控えめに微笑んでいました。

 

ところが、少年はゴン太をひっくり返したかとおもうと、石の下で寝ていた七匹のミミズを捕まえました。

「よし、これで明日の釣りのえさが手に入ったぞ」と言い残して、にこにこしながら去って行きました。

 

ひっくり返ったままのゴン太は、「やっぱり、僕なんかね」と、

いつもより小さい声で、独り言を言いました。

 

その日から、ひっくり返ったままの石ころゴン太は、なすすべもなく、ひっくり返ったまわりの景色をながめていました。

 

 

数年後のこと。

一人の男の子が、石ころゴン太の前を通りかかりました。見覚えのある男の子です。

そう、以前、石ころゴン太につまずいて、けがをして、にらみつけた、しゅんた君です。もう中学2年生になっていました。

 

ずっしりした大きな石を探してきてと、母親に頼まれていたのを思い出して、部活の帰りに空き地にやって来たのです。

 

しゅんたは、石ころゴン太を一目見ると、「これは、ちょうどの大きさだ。形もどっしりしているし」と言って、ゴン太を汗まみれのタオルでまいて、カバンに詰めて、面倒くさそうに

「重い、ああ、重い」と言いながら帰っていきました。

 

石ころゴン太は、真っ黒なカバンの中で、ゆらゆらゆれながら、不安で不安でたまりませんでした。

「いったい僕を、どうするつもりなんだ」

 

しゅんたは家に戻って、さっそくお母さんに「それ」を見せました。

「うん。ちょうどいいねえ。これに決めましょう。庭できれいに洗っておいで」と言って、タワシと洗剤をしゅんたに手渡しました。

やはり、石ころゴン太には、何のことかわかりませんでした。ゴシゴシゴシと洗われたまま、様子をうかがっていました。

 

さて、体中に付いていたこけや泥が洗い流されると、ゴン太は、ピカピカと何ともいえない光沢をもつ、貫禄のある黒い石に変わっていました。

 

「驚きだね。まるで別の石だ。こんなに貫禄のある石だとは」

しゅんたはそう言って、庭の縁側に真っ新の手ぬぐいを敷いて、そっと、ゴン太を置きました。

ゴン太の気分は爽快でした。そして、縁側から見える景色は、逆さの空き地とは全くの別世界でした。

 

しゅんたの家では、毎年、冬になると大きな樽で、酸茎菜(すぐきな)の塩漬けを作っています。京都では、お正月には欠かせないお漬け物です。塩加減と重石加減で、酸茎菜漬けの味が決まります。

 

ゴン太の役割は、重石でした。おいしい酸茎菜漬けを作るのに、とても大事な縁の下の力持ちです。ずっしりゴン太は、樽のふたの上でどんと構えて、正月が来るのを待っていました。

 

そして、元旦の食卓には、おせち料理の他に、酸味のきいた酸茎菜漬けがしっかり並んでいました。

 

それから毎年、秋の終わり頃になるとピカピカに洗ってもらって、庭の縁側でほっこりと乾かしてもらい、また、樽の上で「よいしょっ」と、腰をすえることになりました。

 

「白くてつるつるしたきれいな石や、几帳面に角の取れた四角い形の石は、今頃どうしているのだろう?」と、ゴン太は、懐かしく想い出していました。

 

白くてつるつるした、きれいな石は、いつのまにか、おもちゃ箱の一番奥にしまわれていました。もっときれいな色の石が見つかったので、お役ご免というわけです。毎日、おもちゃ箱の底の真っ暗な世界で過ごしていたのです。

 

几帳面に角の取れた四角い形のきれいな石は、机の上から落ちた拍子に、真っ二つに割れてしまいました。そして、窓から投げ捨てられてしまいました。

 

一方、色も形もぱっとしなかった石ころゴン太は、ずっと、いつまでも大切にされて、貫禄のある黒い石になったのでした。