Zero
“ZERO”、そうだ、
ゼロが救ってくれる
言い換えれば
原点ということかもしれない
ゼロに戻れる勇気
そこから積み上げる
ストイックな感情
積み上げては壊す
積み木のように
子供達こそ
その力を秘めた
存在かもしれない
子供達から
学ぶことは
実に多い
白紙に戻すのとは
意味が違う
ゼロから積み上げるのだ
本当によく言ったもので
周りで目にすることが多い事実:
一代目が積み上げ
二代目がおこぼれをいただくことに甘え
三代目でダメになる
自分の不出来を
環境のせいにする
そうじゃない、
さまざまなチャンスを
生かすことが出来ない
自分が悪いのだ
一代目は二代目に
二代目は三代目に
三代目は・・・
三代目という言葉ほど
嫌いな表現はない
「常に一代目」がいい
二代目などあてにすることも
あてにされることも
どうかと思う
三代目など、なおさら
そう、
ゼロに戻れる勇気
そこから積み上げる
ストイックな感情
積み上げては壊す
積み木のように
ゼロにこそ救われると
いうことを
世代間伝達しなければ
ゼロに戻ってやり直す勇気もなく
白紙に戻るだけだ
めめしくも
自分が一番よかったときの
想い出にひたりながら
生きていくしかなくなるのだ
白紙にもどれば、
過去しか存在しない
ところが、
新しい未来はゼロからしか
始められない、その実感が
出来る人と出来ない人で
人生は大きく変わる
「いつまでも、
あてにするなよ、
親の金」
「親と金」でもいいかもしれないが
ゼロへの回帰
ゼロからの勇気
それを受け継いだ
次世代は強く生きていくだろう
受け継がなかった
次世代はふいて飛ぶような
次々世代、
勝手気ままに、権利ばかりを主張して
人の褌で相撲を取る事ばかりあてにして
努力することを知らない
腑抜けしか育てられないだろう
困ったときだけ
人を巻きこんで
相談を持ちかけ、
ウマくいけば、
知らぬ顔
感謝の欠片もない
自分の愚かさが
未来の可能性
次世代の構築を破壊する
孔子が言った言葉にあるが、
「孫子に美田を残すべからず」
お金や土地を子どもに残してやると
ろくな事はない、という気持ちが
こめられている、的を得た表現だ
お金があれば、その人が最高の暮らしをして
終わりにすればいいじゃない、と
単純に思うけど。
それもできずに
マネーフローのウマい
わがまま言い放題の
子孫に吸い取られてしまうのは
不憫で見ていられない
恐ろしくデリカシーのない人達が
実在するんだ
驚きだ
そういう人達とは
関わりを持ちたくないと思うのは
間違っているだろうか?
すべての世代は
ゼロへの回帰に始まり
ゼロからの勇気を持ち続けること
その二つを心すべきだ
「常に一代目」の心構え
それが
ZEROの発見だ