さかな、は考える

水中を泳ぐ

さかな、は考える

歩くって

どんな感じなんだろう。

砂浜を歩く人間を見て

憧れた。

水面から

たまたま見えた景色。

歩くには足が必要だなんて

現実的なことには無頓着で

ただ、憧れた。

部屋の水槽を眺めながら

優雅に泳ぐ熱帯魚を見て

人間、は考える。

数え切れないくらいの偶然

生き延びるための必然

その二つを、たどってきた進化。

生命の起源が

水の中にあっただなんて、と。

泳いでいるままで

よかったのではないか。

歩けるようになって

よかったのではないか。

それは誰にも分からない。

ただ、

偶然と必然の織りなす

進化とかいう

やっかいな摂理に逆らえず、

今となっては70億もの人たちが

何かに向かって歩こうとしている。

歩くことばかりを考えず

立ち止まって

さかなと同じように

たまたま見えた景色に

心を動かして見るのも

いいではないか。

立ち止まって

身の回りを俯瞰する。

そうすれば、

さかなも人間も、

たいした差があるわけでもない。

命を宿す生物としてみれば

立ち止まって見渡すことは

共通している。

きっと

それは大切なことなんだ。

さかなも人間も

立ち止まって見渡すことが

大切なことなんだ。

立ち止まって

景色を見渡す。

そしていろいろなことを

熟考してみると

自分の内面が

進化するように思えてくる。

心の進化に足はいらない、

尾びれはいらない。

おそらくは手すらいらない、

胸びれもいらない。

ロダンの

”考える人” 像を思い出す。

それは、実は、さかなの像

かもしれない。

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