数値化って

数値で評価することに

慣れ過ぎている。

良いのか悪いのか

それは個々人の価値観に左右される。

食べログの数字で比較したり

体重計がないと

子育てに不安感が起こるとか

テストの点数とか偏差値とかで

自分の進路を決めるとか

数値を基準にすると

思考が単純化されるから楽かもしれない

数値化した自分に甘んじるのは

楽だろうが、それでいいのだろうか。

数値を基準にして

人類は進化して来たのだろうか。

最初からそんなではなかっただろう。

観察力であったり

思考力であったり様々あるだろうが

とても曖昧なものを頼りにして

おのずと変化が続いてきた。

感情と言葉で

その場の空気を読み取ったり

登りたい山があるから

そこをどう登るかを考えたり。

生きるために必要なこと

生きるために不必要なことの

バランスの中で偶然の世話になりながら

進化のようなものが起こる。

数値に振り回されすぎず

オープンAIにも

推し量れない人間らしさを探求し

多角的観察力とファジーな思考力をもとに

加速度的に進む現代未来社会を

享受していきたいものだ

これからの時代を生きるために

最小限考えておく原則があるとするなら

「誰がやっても、

その結果が同じであるような領域は、

人間は淘汰されてしまい、

AIがすることになる」ということだろう。

そういう分野は次第に社会から消えてゆく。

人間がしなくてもよくなるから。

自分にしか出来ないことは何でしょうか。

絶えずそう考えて

自分の存在意義を考えておくことが

必要になりそうだ。

便利か不便かだけで判断すると

いつの間にか自分のすることも

なくなってしまうかもしれない。

「ただほど怖い物はない」とは

よく言ったものだと感じる。

「手間をかけて、手作りする」

それを忘れてしまわないように

生活しようと思う。