アデュー

アデュー

長いお別れの言葉を

告げよう

それは突然、

頭の中に思い付いた

フランス語

前後の脈絡もなく

さりげなく浮かんだ言葉

パリの街路樹を

歩いているとき

少しこころが

疲れていることに気づいて

街角のオープンカフェで

一息入れていた

パリの町並みは

普段と何も変わりがない

わたくしの身の回りにも

何の変わりもない

だけど読んでいたんだ

ロマンロランの

「ピエールとリュース」

確か二十歳の頃に読んで

映画も見ていた

ガラス越しの

キスのシーンを

思い出したんだ

若いときに読んだ本を

何十年もたって

いろいろ読み返している

あの作品には、

答えが見つからない

事柄は全く違うにしても

当時、自分の抱えていた

心の有り様と同じだった

自分自身の苦悩にも、

答えが見つからずにいた

このまま、死んでしまえば

それが自分の定めなのだろうかと

考えていた

そんな時に出会った

「ピエールとリュース」

救われたんだ

逆境に

長いお別れの言葉を投げかけて

新しく生き直すのも悪くないと

考えることが出来るように

してくれたひとつだった

アデュー

さよなら

ごきげんよう

もちろん、

苦悩に満ちた

若い日の自分に対してさ

アデュー

その言葉に救われて

今がある気がしてきたからさ