アリ・キタリ・イズム
サヨナラも告げずに、テールランプは赤のハ
レーションで眩暈を誘っている。歯ぎしりが
続くと酒場のイルミネーションが、悲しみの
膨張色に彩りを添えている。テールランプに
不可解な憧憬が引き寄せられて、闇夜の交差
点は、アンニュイなアドレナリンをなめつく
す。赤い波動が安堵を運び込み、右手から左
の腕への電流を、ショートさせてしまった。
それでも街路樹には、理にかなった枝分かれ
のバランスが満ちて、行き交う人の不機嫌を
払拭してしまう。気づくすべもなく、歩道に
は不特定多数の足跡が残されている。枝分か
れした後で、悲哀をぶちまけても仕方のない
こと。後だしジャンケンに勝ったところで、
鉄の味がする唾液を飲み込んで、不愉快な煩
悩を背負ってしまうことに変わりはないのだ
ろう。残されたのは、ただ、日常からの、逃
走。線路の上を生真面目に走り続けるトレイ
ンに乗り込んで、眠りにつく。どれくらい時
間が過ぎたのだろう、車体の不規則な振動が
わたくしの肩を叩いた。車窓の外は見慣れな
い緑と青と白の風情、非日常のまなざしで、
フォーカスを絞り込む必要から解き放たれて
いた。トンネルに差し掛かると、大きな圧力
の合図とともに、暗闇が再び訪れ、室内灯が
光って空間の闇と光がシンクロナイズド・ノ
イズを突き刺した。車窓は日常を映し出す漆
黒の鏡となり、リアルにも自画像を浮かび上
がらせて、疲弊したわたくしの心象を弾く。
日常と非日常の境界線は消失した。ふうわ、
ふらり。ため息が相殺されて、漂っていた。