カルメン ’90s
何処かで見た情景が
急に脳裏に浮かんだ
はっきりした場所は
忘れてしまった
小さな酒場で
光沢を失った
つぎはぎだらけの
フローリングを
赤い靴が叩き付けていた
真っ赤なドレスで乱舞する
ラテン系の女性ダンサー
アルゼンチン・タンゴ
大きな黒い瞳が
ずっと見ていた
ノスタルジックな
リズムに揺られて
妖艶なタンゴが続いた
終わった途端
瞬きをして
こちらを見たまま
そのまま酒場の片隅に
消えていった
何かを言おうとしていた
唇の動きを追いかけたが
おそらくのスペイン語は
理解できなかった
そこそこに酒場を出た
彼女の名前はカルメン
勝手に名付けた
店を出る時
一度だけ店内を振り返ってみた
やはりカルメンはこちらを見ていた
相変わらず
寂しそうな大きな瞳
ドアを閉める風圧で
カルメンの瞳は消えていった
その酒場に立ち寄ることは
二度となかった