偽扉

古代エジプトの

死生観の一つに

不思議な扉が存在した

死者の世界と

現世をつなぐ扉

死者の魂は

偽扉(ぎひ)を通って

自らの肉体に

出入りする

ときに寿命について

考えることがある

あとどれくらい

生きられるのだろうかと

かといって

特に悲壮感も恐怖感もない

湿っぽい話を

しているわけではない

ごく客観的に自分を

眺めているに過ぎない

生きることは

寿命までの残された時間

生まれた瞬間に定められた

掟のようなものだから。

二人称の死、

他者の死は

悲しみに堪えないが

一人称の死、

自分の死を

悲しむことはない

どう、生きたか

誰かの役に立ったか

誰かを幸福にできたか

それが振り返りの焦点

とくに

物欲も金欲もない

僕なら

ミイラのように

偽扉を通って

あの世とこの世を

行き来することは

ないだろう

骨ごと粉々になって

風に乗って

見知らぬ世界で

旅を続けるだろう

僕は偽扉を

開くことはない

そんな

面倒くさいことには

興味がない

僕は

誰かの役に立っただろうか

誰かを愛することが

できただろうか

それだけを考える