軌跡
泳ぎ人など誰もいない砂浜で、水平線の遠く
を眺めている。
共鳴する波の音、潮風が波の合間をくぐり抜
け、探していた一言をあと少しで届けるとこ
ろだった。握りしめた砂は、指の間を通り抜
け、砂の城へと戻っていく。サンダルの裏で
踏まれるだけの木の枝を、砂の上から突き刺
すと、一匹の蟻が駆け上がった。
潮風と足元から引く波が、枝ごと小さな国を
さらってしまった。何度も握りしめていた砂
は、海水の溜まりの底で貝殻に変わり果てて
いた。
運ばれていく砂風の軽快さ。微粒子の流れが
コバルト色の虹を作っている。太陽はこぼれ
た砂を乾かそうとして、日差しを押し強めて
いるが、小さな波と大きな波が、白い泡粒を
作って戯れているかぎり、つかめば形のでき
あがる湿った砂が続いていく。
立ち上がり、砂浜を歩き始める。足跡が不自
由な軌跡を作って、右と左と震動している。
いずれは跡形もなく消え去っていくはかなき
道程。砂塵の埋葬にまかせたまま、軌跡は何
処までものびてゆく。