遠き故郷

淡い憧憬の中に

遠い故郷は見当たらない

心待ちにしていた何かを想い

帰省してゆく人たちを羨望し

そんな故郷がないことを

寂しくしている

淡い憧憬の中にあるのは

母の仕事をしている姿

母は伝統工芸師として

着物にひとつ一つ針を刺して

美しい模様を完成させていく

その時の、針が着物の生地を

行き交う音がわたくしの故郷

わたくしの遠い故郷は

時系列をたどっていった先に

聞こえてくる「音」に違いない

あの音が

わたくしを育ててくれた

切なく

力強く

音を絶やさない

女の強さと儚さを響かせて

針が着物の生地を

突き抜けてゆく音

それが子守唄だった

わたくしには心の故郷がある

あたたかな心の故郷がある