限られた風景描写を散文に見立てて
いつものようにビリージョエルのピアノマン
で、私の旅は始まった。通信状態の気まずい
トンネルをいくつもやり過ごし、首を少し傾
けながら、遠くに君を想う。暗闇の車窓の外
側を睨みつけて、怖い表情の自分に気づく。
トンネルを抜けると、もう田園風景が広がっ
ていて、ほっとする。少し暖かくなった早春
に、乗り降りする人達も、どことなく足音が
ほころんで聞こえてくる。
外はまだ肌寒いだろうけど、車内では日差し
が強くて、ポカポカしている。カーテンを閉
める音が、あちらこちらから聞こえてくる。
さっきまで、駅弁を食べていた男性がイビキ
をかいて、寝始めた。前の席でインスタント
な化粧をしていた二十代後半くらいの女性も
イビキをかき始めた。車窓が鏡になってそん
などうでもいいことを突きつけてきて、一瞬
不愉快な思いがよぎったが、品のよい名言を
思い出して、気が楽になった。春眠不覚暁。
イビキの音がだんだん大きくなって、線路の
きしむ音がかすんでゆく。
車窓から眺めていた景色は、いつの間にか客
車の中のほのぼのした音の風景画に変わって
いた。