白い貝殻 (創作童話 4 )
「用意、ドン!」
今日は楽しい運動会の日です。でも、小学四年生のキョウヘイ君はそのかけ声に退屈していました。
どうしてって、実は一番楽しみにしていたのは、お弁当の時間だったからなのです。一年生の玉入れ合戦が終わって、やっとお昼休みになりました。
「やった!」待ちに待ったお弁当の時間です。キョウヘイ君は誰よりも早く手を洗って、誰よりも早くお弁当に飛びつきました。
お弁当箱のふたを開けると、「いたぞ、いた、いた、カニさんもタコさんも!」キョウヘイ君は、お母さんにウインナーでカニさんとタコさんを作ってと、頼んでおいたのです。
「いただきます!」とタコさんのウインナーをお箸でつまんだ瞬間、運動場に強い風が吹いて、砂ほこりが舞い上がりました。
「わぁー」
キョウヘイ君は思わず目をふさぎました。
そして、強い風が去っていった後、そっと目を開けてみると、どうでしょう。一瞬にして別世界。あたりは、砂浜です。
「あれ、どこだ、ここは。でも、見覚えがあるぞ・・・そうだ、夏休みに来たトルナ海岸だ!」キョウヘイ君は、目をまん丸にして驚きました。
今年の夏休み、キョウヘイ君は、家族でトルナ海岸へ行きました。海で泳いだり、釣り上げた魚を食べたり、遊びきって真っ黒に日焼けして、とても満足な気分を味わいました。
しばらく海を眺めて、波の音を聞いているうちに想い出した事がありました。
「白い貝殻、どうしているかな」
海岸の砂浜から少し離れた所に岩場があって、そこに宝物を隠したのです。
《きれいな、まん丸の、白い貝殻》
キョウヘイ君は、急に白い貝殻に会いたくなりました。
「よし。あの貝殻を探しに行こう!」と、走り出しました。
ところが、潮が満ちていたので、貝殻を隠した秘密の岩場は海の中。
「どうしよう。海の中に沈んじゃった」
「ねえ、キョウヘイ君、」
困って泣きそうなキョウヘイ君にウインナーのカニさんが話しかけました。
「タコさんに相談して、連れて行ってもらえばいいよ」
カニさんは、頼もしい声でアドバイスをしてあげました。
「ありがとう、カニさん。タコさんに相談するよ」
キョウヘイ君は、海に向かって、大きな声で「タコさーん!」と叫びました。
海の中から現れたのは、ウインナーのタコさんでした。キョウヘイ君は少し驚きましたが、
「おねがーい!ぼくを秘密の岩場に連れてって!」
と話すと、ウインナーのタコさんは、僕についておいでと言うので、タコさんの手の吸盤にくっついて、海の中へザブン。
泳げないはずのキョウヘイ君は海の中を潜って、スイスイと前へ進んでいきました。
しばらくすると、大きなサメが左の方から近づいてきました。
「怖いよ、食べられちゃうよ・・・」
キョウヘイ君はまた泣きそうになりました。
サメはキョウヘイ君とタコさんのすぐ近くまで来て、
「怖がらないで、君たち。秘密の岩場はそっちじゃないよ。もう少し右の方に進むんだよ」と、怖い顔に優しい声で教えてくれました。
「そう、ありがとう」と、サメに御礼を言って、方向を変えて進みました。
前へ前へ急ぐと、今度は二頭のイルカが何か話しかけてきます。
「こっちだよ、こっちの岩場だよ。おいで、おいで」と教えてくれました。
「そう、ありがとう」また、御礼を言って、秘密の岩場にやっと到着できました。
「どこだろう、このあたりだ!」でも、置いたはずの場所に貝殻はありませんでした。
「ここか、それとも、こっちか?」
キョウヘイ君は、独り言をつぶやきながら、一生懸命探しました。
「あっ、こんなところにあった。やったぁ、見つけたぞ!」
ようやく、きれいな丸い白い貝殻を見つけました。
キョウヘイ君は、見つけた貝殻を胸に抱きしめて、大喜び。
ところが、です。
〈ごそごそ、ごそごそ、しゃりしゃり、しゃりしゃり〉
なんと、貝殻が動き始めたのです。キョウヘイ君はビックリして、貝殻を手放しました。貝殻は岩場に張り付くと、にょきにょきと手を出し始めました。キョウヘイ君が秘密の岩場に隠した貝殻にヤドカリが住んでいたのです。ヤドカリは、キョウヘイ君の方へ振り向いて、にっこりニコニコしました。
「そうか、そうだったのか。邪魔してゴメンね。ヤドカリ君、秘密の貝殻、きみにあげるよ・・・じゃあね!」
キョウヘイ君は白い貝殻を持って帰るのをあきらめて、ヤドカリ君のために、そっとしておいてあげることに決めました。
「タコさん、帰ろう!」
砂浜に戻ると、カニさんが、お出迎えをしてくれました。
キョウヘイ君は、ちょっぴり残念に思いましたが、もう泣いたりしません。ヤドカリ君のことを思い出して、これでいいんだって、いつもの笑顔に戻りました。泳ぎ疲れていたせいか、大きな大きなあくびをしました。
すると、どうでしょう。強い風が吹いて砂浜に竜巻が起こりました。
「うわー・・・」
目を開けると、運動場の隅っこで、お弁当を食べていました。箸でつまんでいるのは、ウインナーのカニさんやタコさんではなく、小さなジャガイモでした。
「これって、もう少し白かったら、あの貝殻みたいだなあ」
ニコニコ笑顔でジャガイモをそおっと口に入れ、ゆっくり食べました。
夏のおもいでを噛みしめるように。