黄色い帽子(創作童話2)

「黄色って、しあわせを呼ぶ色なんだ」

そんな言葉を大切にする人がいました。

 

おじいちゃん。孫の男の子を連れて歩いています。毎日、幼稚園までの道のりをゆっくりゆっくりと歩いて行くのです。
おじいちゃんは、背は低いのですが、筋肉質で色黒。おまけに、のっしりのっしり、ガニ股歩きが特徴です。
男の子は、おじいちゃんの手をしっかり握って、楽しそうに寄り添っています・・・
そんな毎日を、来る日も来る日も二人は過ごしていました。

 

月日は本当に、あっという間に現在を過去に変えてしまうものです。いつもおじいちゃんと手をつないで歩いていた男の子は、もうネクタイの似合う社会人になっていました。一人暮らしで、会社までの道のりを満員電車で通勤する毎日を送っていました。
勤め始めて半年ほど過ぎた夏の終わりに、おじいちゃんが病気を患って入院したというので、お見舞いに行きました。
病室に入ると、おじいちゃんは寝ていました。久しぶりに会ったものですから、少し照れくさい気持ちもあり、花束を花瓶に挿して
「おじいちゃん、また来るわ」
そう独り言をつぶやいて、あっさり病室を後にしました。

そのとき、おじいちゃんは何となく眠りから覚めて、誰かの呼びかけに「おお」とだけ言って、また寝てしまいました。
夕方、病室ではっきりと目を覚ましたおじいちゃんのベッドのそばには、黄色い花がきれいに咲いていました。
「孫が来た」
おじいちゃんにはすぐわかりました。黄色い花束を見て、孫の小さい頃のことを想い出し、口元がゆるみました。

 

幼稚園へ通う孫を、おじいちゃんは毎日送り迎えしていました。最初はベビーカーに孫を乗せて、荷物を入れた大きなカバンを小脇に抱えながらの往復でした。

そのうち、よちよち歩きの孫の手を左手でしっかりつかみ、右手で荷物を積んだベビーカーを押しながら自在に操って進むようになりました。黄色の運動帽をかぶって、あごにはゴムひもをかけて、幼稚園までの道のりを、走ったり、お花を摘んだり、通り過ぎる車に手を振ったり、踏切を渡るときに線路の横にある石ころを拾ったりしました。いつも帽子が脱げてゴムだけを首にかけるので、おじいちゃんはそれを直してばかりいました。孫にとって、幼稚園の行き帰りは愉快なお散歩気分で過ごせたに違いありません。

年長組になると、黄色い帽子は、赤白帽に替わりました。黄色い帽子は、おじいちゃんが首にかけていました。そうすると今度は孫が「おじいちゃん、首からかけたらだめじゃない!」と言って、直すのでした。
手のかかった黄色い帽子の時期を過ぎて、少し手のかからなくなった赤白帽の時期を迎えても、おじいちゃんは黄色い帽子を手放さないでいました。
かぶらなくなっても、黄色い帽子は、おじいちゃんのお尻のポケットにいつもしまってありました。

 

後日、孫がまたお見舞いに来ました。少し体調が良くなったおじいちゃんは、孫と一緒に病院の庭で散歩することにしました。
よろめいたおじいちゃんの手を、孫はしっかり握って、歩いていました。
「いつの間にか、引く手と引かれる手が、逆になったな」と、おじいちゃんは言いました。孫は、笑うばかりです。
おじいちゃんは、立派に育ってくれた孫の背中を見て、とても誇らしく思いました。そして突然思い出したかのように、ズボンのポケットに手を忍ばせて、取り出した黄色い帽子を孫の頭の上にのせてみました。
「おじいちゃん、いきなり何だよ。こんな帽子、よく残しておいたね。でも、今更かぶるのは変な感じだよ」と孫は帽子をおじいちゃんに手渡しました。
今度は、おじいちゃんがかぶりました。
「どうじゃ、似合うだろ」大声で笑いながら、おじいちゃんの目には涙があふれていました。
古ぼけた黄色い帽子は、おじいちゃんのかけがえのない宝物でした。孫と一緒に過ごしたあの頃を想い出すことのできる絆のようなものでした。
二週間ほどの入院生活で体調が良くなったものですから、おじいちゃんは退院したのですが、また調子を崩して病院に戻ることになりました。
心配した孫からすぐに電話がありました。「なに、一週間もすれば家に帰れるから、わざわざ見舞いに来なくていいよ」と、おじいちゃんは答えました。
そして「黄色い色は、しあわせを呼ぶ色」と、一語一語噛みしめるようにつぶやくのが日課になりました。

 

残念ながら、今度は花束が間に合いませんでした。
残された黄色い形見を孫は握りしめ、おじいちゃんのお見送りをしました。そのあと実家に戻り、幼少の頃いつも通っていた幼稚園までの道を独りで歩いてみました。

 

通園路はすっかりきれいに舗装されていました。いつも花を匂いだり摘んだりしていたお花畑は、駐車場に変わっていました。あの頃の風景は随分変わったものだと、道ほどに遠くをぼんやり眺めて立ち尽くしてしまいました。呆然としたままポケットに手を突っ込むと、大事にしまい込んだはずの帽子がなくなっていることに気付きました。
「しまった・・・どこにやったのだろう」
ため息を一つついて、空を見上げました。

 

黄色い帽子は風に舞い、ひとりでに、力強く飛んでいきます。

 

はるか遠く見えなくなると、黄色い帽子は黄金色の星になって、きらりと輝くのでした。
孫には、その星のきらりが、おじいちゃんの笑い顔に見えました。
「ありがとうな、おじいちゃん」
そして、おじいちゃんの口癖をつぶやきました。
「黄色って、
しあわせを呼ぶ色なんだ・・・」